オレンジ色の終焉

趣味の良い、趣味がいい。この言葉が好きだ。何かを選ぶ時の基準にしている。料理でも、洋服でも、音楽でも。ウクライナとの一方的な戦争ですっかり悪役になってしまったロシアだが、私はこの国の趣味の良さが好きだ。死ぬ前にサンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館を見たい!と母が言ったので、ガンが進行して先がなくなってしまった母を誘ってロシアに行った。もう10年も前のことになる。ガンとはいえ、母はとても元気で普通に旅行ができて、食べることにも何の不安もなかった。最後の親孝行。行くまでは逡巡していた母だったが、この旅は最晩年の母を幸せな気持ちにしたと思う。正に、この趣味の良さゆえに。

エルミタージュ美術館そのものも絵のように美しく、ロシア正教の教会もチャーミングだった。ちょっとした土産物も絵になるし、バレエを鑑賞したが、踊り子も衣装も、舞台もそして会場の宮殿も、みんなとてもとても趣味がいい。調度、夏至の時期で、モスクワの空は深夜でも青く、どこまでも青く。短い夏の間に結婚式をあげる男女のカップルがあちこちにいた。かれらの衣装も特別なものではないが趣味がいい。

ロシアに行って一番驚いたのは、このことだった。エカテリーナ女帝の昔から、モスクワもぺテルスブルグも西洋、フランスがあこがれだったと聞く。でも、国としての微妙な趣味の良さは、絶対ロシアの方がいい。

私はピアノを弾く。当然、コンサートでピアノ演奏を聴くのも大好きだ。ひいきのピアニストはほとんどロシア人だ。”ロシアのピアニズム”というのがあって、実に音楽的で美しい演奏方法を彼らは持っている。まるで熊がピアノを弾いているような巨漢のピアニストが、少女のような可憐な演奏をする。同じように、バレエも踊りの細部まできちんと芯のある、それでいて細やかで深遠な、そして可愛い美しい舞台が目の前に繰り広げられる。私たちに身近なところでは、フィギアスケート。衣装もスケートも本当に美しい。そして趣味がいい。

ウクライナに対するロシアの攻撃はあまりに悲惨だ。けれど、この趣味の良いロシアが、どす黒い嫌悪の感情を世界中から持たれてしまうのは、本当に残念だ。哀しい。

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