私の両親は和服が好きだった。父は母によく着物を買っていた。母は“自分は足が太いのでスカートをはきたくない、和服は足が見えなくてすごくいい”といって、わりといつも和服で過ごしていた。私が生まれてすぐ、女性にしては珍しい運転免許証を取得。着物で大きなアメリカ製の車を乗り回していた。“私はお転婆なのよ”が母の口癖だった。
一方、私は和服があまり好きではなく、父が母に買うのと同じように私にも着物を買ってくれるのだが、ちっともうれしくないし、第一1人じゃ着られないし、ありがた迷惑だった。
父も何か理由をつけては和服を喜んで着ていた。
そんなわけで、私の箪笥には着物がまだまだたくさんある。
父が亡くなり、母がなくなり、その度に多くの着物を処分したが、それでもまだたくさんある。ベトナム人の若者が私の周囲にいつもいるようになって、彼らに着物を着せたいなあと思うようになり、3-4年前から浴衣を着せてお祭りや盆踊りに送り出している。
でもやはり圧巻は振袖だ。父が買ってくれた古典的な振袖と母が結婚する時持ってきた丸帯。母に勧められて買った子供のための振袖。これらは何人もが喜んで着てくれた。が、若干日本人向き。今回、ベトナム人向きの色の派手な華やかなタイプの振袖を3枚手に入れた。帯揚げも帯締めも買った。申し訳ないくらい安い。これでは着物業界はやっていけないだろう。
ベトナムと着物。意外な接点がある。現在、日本国内で流通しているかなりの数の着物がベトナムで生産されたり、手直しされたりしている。手先が器用なベトナム人に、和服を縫う和裁や、和服の手直しはお手の物。こんな関係もベトナム人の若者と親しく接しているからわかったことだ。