陽子先生のベトナム日記

坂道を登りながら考えたのは草枕の主人公。1月中旬のベトナム北部。ハノイからビンフックへと向かう。ビンフックからバックニンへ向かう、どちらの道中も地平線の向こうにどこまでも広がる青空と白い雲。窓から外をぼんやりと眺めながら考えたのは私、陽子先生。日本とはあまりに違う、この広大な平野部。一方、日本国内を車で走ると、昔の童謡唱歌のような道を行くことになる。

“今は山中、今は浜。今は鉄橋、渡るぞと。思う間もなくトンネルで、闇を通って広野原”。

交通事故が絶えなかった40年前の交通標語。

“狭い日本、そんなに急いで、どこへ行く”

そんな狭い日本。だから日本人は窮屈を窮屈と感じないですむような社会を構築した。

ここベトナムで、それほど遠くない昔、戦争があった。そして、同時代人でありながら、日本人である自分は、その戦争を知らない。

私は、日本に来た彼らに日本の印象を訊ねる。ほとんど、同一の回答が返ってくる。清潔、親切、綺麗。でも冷たい。

では、ベトナムのことを自分はどう感じているか。かつてベトナムの学校訪問をすると、同じような質問をよく受けた。ベトナム人をどう思いますか?自分の答えも大体いつも同じだったように思う。若い国の若い住人。熱心で細やか。でもはっきりモノを言う人たち。自分が最も親近感を感じる外国人。もっと言えば、外国人とは思えない、と。

窮屈な国土が狭いわけではない。住める所が限られている、それが日本。

一方で、どこまでも広がる田んぼ。2時間走ってもほとんど変わらない景色。高速道路ができて、その印象はさらに強くなった。

2つの国は、たった2時間、車で走っただけでもこんなに違う。おかしなものだ。こんなに違っているのに親近感は絶大。

窓の外を眺めながら、フランス風に思う。自分はこの国ではエトランゼ。いつもいつも。でも、自分はベトナムに帰ってきたよ!と思う。いつもいつも。この国の親近感。それがベトナム流なのかもしれない。

2026年2月23日 石田 陽子

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