―年を取るということ その有効性―

三笠塾勉強会の課題で読んだ“年を取る”ことに関する記事を読んで、正直にいうと、自分は年をとるということは

ネガティブなことだと思う。理由は単純で、今の自分がやりたいと思っていることは、年をとったらとるほど、

できなくなるのではないかと思ったからだ。

例えばギターの先生はいつも、「一番速く弾けるようになりたかったら、遅くとも26歳27歳くらいまでに到達しておかないと、その後

では身体も集中力も厳しくなる」という。ギターがうまい人はいつも天才だと思っているが、最近は生活がわりと忙しくて

友達との時間も増えていて、ギターのための時間が大分減ってきた。

以前、三笠塾で演奏した時は、あの時は多分、1週間くらいギターに全く触ってなくて準備したわけでもなく完全に即興での演奏だった。

練習しなかった時は時間を無駄にしたなと思うこともあるが、練習したい気持ちがなくなったわけではない。ただ練習時間が限られてきたからこそ

逆に他のことにも目が向くようになった。そこで気付いたのが人間ってだんだん、いろんな活動を「共通の基本形」に収束させていくんじゃないか

ということだ。

具体的にいうと、昔よく90年代のギタリストのビデオレッスンを見たが、彼らは自分が使っているテクニックは説明するものの、なぜそのテクニックを

選んだのか、他の方法ではだめなのか、というところまでは説明しない。しかもひとによって弾き方が全然ちがう。

それでも、どの人もとんでもないスピードを出していた。それを見て「結局テクニックなんて何でもよくて、ひたすらたくさん練習すればいい」と思う

ようになった。昔は「1万時間の法則」っていう考え方もあって。何かを1万時間やり続ければ、マスターできる、

とにかく1万時間。成せば、自動的に上手くなると思っていた。

でも最近は考えが変わってきた。友人が水泳の大会に記事でるということで誘われて見に行ったことがあった。観察すると、出場者が9人くらいいて、

最初は「9人もいれば3-4種類くらいの泳法があるはず」と思っていた。でも実際はその9人全員が全く同じ一つのフォームで泳いでいて、

かなり驚いた。以前は、人それぞれ体格が違うから自分の体に合ったやり方を使うものだと思っていたのだが。

でも考え直してみるとどんな分野にも最適なやり方というものがあって、それができないのは能力の問題ではなく、まだそれに気づいていないだけ。

そういう「本質的な考え方」に気付くためには、やっぱり人生に経験が多い人、つまり長く生きてきた人の方が、

物事をいろんな角度から見られるんじゃないかと。

だから自分は、年配の人の話を聞いていると落ち着くし、素直に「いいな」と感じることが多い。

2026年2月22日 ハチクマ記者 記事

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