四月一日と書いて、わたぬき、と読むことを知っている人は案外多い。これは苗字にもあるから。では、なぜ?と聞かれて答えられる人はどのくらいいるだろう?
日本人が全員和服(着物)を着ていた頃、もちろん着物は現代のように成人式やお正月、結婚式にだけ着るようなものではなく一般人はみんな着物を着ていた。日本人が日本の四季を自慢に思っているのは、季節の移り変わりの美しさもさることながら、服装への心配り、服装と文字との関係性が四季と大きく関わっているからではないかと思っている。
春と秋は袷(あわせ)ー裏地付の着物。夏は単衣(ひとえ)ー裏地がなく、透けていたり麻や綿など涼しさを感じさせる着物。冬は綿入れ(わたいれ)ー袷の間に薄く綿をいれて防寒効果を高める。現代のダウンジャケットの感覚。
四月一日は、冬の間、着物の間に挟んでいた綿を抜く日。だから四月一日と書いて(わたぬき)と読む。この日から春の服装に代える。日本の夏は蒸し暑い。結構な豪雪地帯(新潟や山形や、、、、、)辺りでも夏の暑さは厳しい。6月の梅雨入りあたりでも蒸し暑くなる。このころから着物は単衣に代える。裏地がなくなる。そして一番暑い夏の盛りは、絽(ろ)や羅(ら)、麻や木綿の涼しい(実際に涼しくまた見た目も涼しい)着物に代える。そして秋になると、、という風に着物の四季が移り変わっていく。
和服とそれを着用して行う日本の伝統的なもの華道、茶道、香道、日舞などを勉強してみると、こういう話がたくさん聞けておもしろい。さらに、季節のものは少し先を、先取りが基本だ。
私の両親は伝統や決まり事に忠実な父と比較的鷹揚な母、そんな夫婦だった。父は4月になると、どんなに母が寒い寒いといっても炬燵の布団をたたんでしまいこんでしまった。昔の東京は4月でも結構寒かったのだ。それなのに父は容赦しなかった。4月に炬燵なんて恥ずかしい!着物を着ている時代だったら、父は3月31日の夜中にせっせと私たちの着物のわたぬきをしていたかもしれない。