第2章 桃太郎 おばあさんの家に行く
川で洗濯しなかった洗濯物を家の全自動洗濯機でさっさと洗い、乾燥まですませてしまったおばあさんは、さっそく、おじいさんと一緒に桃を食べようと準備を始めました。
「おばあさん、桃太郎は食べられませんよ。桃太郎は食べるよりもっと価値のある働きをしますよ。」猿の言葉は、思わせぶりなところがあっておばあさんは、この猿はやっぱり怖いなと思いました。「怖がることはありません。桃太郎はあなたの家であなたの歌を聞き、あなたと踊り、あなたを大切にします。」猿はおばあさんが思っていることをすぐに声にだします。おばあさんはどうしていいかわからなくなりました。すると猿が言いました。
「おばあさん。おじいさんが帰ってきたら、私と桃太郎にもごはんを食べさせてください。桃太郎も私もお腹がすいて死にそうです。」なんですって!?桃を食べるつもりで準備しているのに、おなかがすいて死にそうですって?!「おじいさんが帰ってきてからでいいですよ。おなかがすいて死にそうだけど、おじいさんが帰ってくるまで我慢します。おばあさん、早くご飯の支度をしましょうよ。私もお手伝いしますから。」
おばあさんは、思いもかけない、行きがかり上、うそでしょう?と思いながら、しかたなくおじいさんと自分のご飯のしたくを始めました。本当は桃が食べたかったのです。「おばあさん、桃太郎は食べられませんよ。早く4人分のご飯の支度をしてください。私は猿ですから人間と同じものは何でも食べられますよ。」いつの間にか、食卓の座席の数は4席になっていました。
「ただいま。今日はとてもおいしそうなタケノコがあったんだ。が、いちばんおいしいところはイノシシに食べられてしまったよ。今度、狩猟会の人に頼んで、あのイノシシを鉄砲で撃ってもらおう。うまく仕留めたらイノシシ鍋にして食べよう。」と言いながら家の中に入ったおじいさんは、食卓に座ってご飯ができるのを待っている猿と桃を見ました。
「おばあさん、おばあさん、これは何の冗談なんだね?」
「おじいさん、これは冗談ではありません。」おばあさんの代わりに猿が答えました。
「私はモノを言う猿、そしてこちらは桃太郎です。桃太郎は今、すごくおなかが空いています。」
「うわー!人食い桃だ!人食い桃がでたぞ!」といっておじいさんは腰を抜かしてしまいました。「おじいさん。人食い桃だなんて!人聞きの悪いことを言わないでください。」猿はおじいさんの剣幕にびっくりして思わず大きな声で抗議しました。するとおじいさんは家の外にじりじりと後ずさりしながら「わー!今度は化け猿だ!」と叫びました。これには猿もびっくりしました。「おじいさん、私は化け猿ではありません。しゃべることができる猿です。そして、これは桃太郎です。」
「おじいさん、私もびっくりしたけど、お猿様は頭の悪い猿ではないですよ。きっと私たちに何かよいことをしてくれます。だから一緒にご飯を食べましょう。」
おばあさんは、おじいさん、お猿様、桃太郎、とぶつぶついいながら炊飯器からごはんを
お茶碗に盛り付けました。すかさず猿が言います。「おばあさん、私も桃太郎もごはんをたくさん食べます。こんなにちょっとしか盛ってくれないのは困ります。」確かに、おじいさんの前のお茶碗は大盛り、猿と桃太郎の前のお茶碗のごはんはほんのちょっとでした。おばあさんはびくっとして、「お客さんに大盛りご飯は失礼かと思ったんですよ。」と言いながら2つのお茶碗にご飯を盛り足しました。猿がさらに言います。「おばあさん、私たちはお二人の子供みたいなものです。大盛りでお願いします。育ち盛りですから。」おばあさんは、またびくっとして、「はいはい。そうですね。大盛りにしましょうね。お代わりしないで済むように。」と言いました。「お代わりはしますよ。育ち盛りですから。ごはんはもっとたくさん炊いてくださいね。」猿がかぶせる様にごはんのお代わりを催促します。そういう猿はだんだん大きくなっているようです。それにしても育ちざかりなんて、なんてことだろう!おじいさんもおばあさんも心の中で舌打ちしていました。「おじいさん、おばあさん、心の中であなたたちが何を考えてもいいですよ。でも、私にはわかりますから。それから、早くお代わり用にご飯をもっと炊いてくださいね。」猿がすましこんでごはんをぱくぱく食べながらいいました。ばあさんはまたびくっとしてあわてて、キッチンに行ってお代わりのためのごはんを炊くためにお米を研ぎました。まったくなんてことだろう。猿と桃がごはんをぱくぱく食べて、さらにお代わりを要求するなんて。世も末だわ。
おじいさんは、桃太郎がどうやってご飯を食べるのか、興味深々、じっと見ていました。猿がぺらぺらおしゃべりしています。仕方なく猿の方を見て、桃太郎の茶碗をみると、からっぽでした。こいつ!いつご飯を食べたんだ? すると猿が「おじいさん、桃太郎は育ちざかりですから、あっという間にごはんを食べるんですよ。3合5合くらいは当たり前。私も同じですよ。」おじいさんはびくっとして、「おーい、おばあさん。お二人は育ちざかりだから、おひとり様3合から5合は食べるそうだよ!」とキッチンのおばあさんにむかって叫びました。ちょっと嫌味のひとつも言ってやりたいと思ったのです。ところが猿は、「おじいさん、大変良い心がけですね。あなたは素晴らしい人だ。うんと近い未来にすごくいいことがありますよ。」うんうんうなずきながら、言いました。2度目、3度目のごはんが炊き上がって、桃太郎と猿がお代わりをして、おじいさんおばあさんにとって、食べ物ものどを通らないようなお昼ご飯でしたが、猿も桃太郎もおばあさんの作ったご飯をたくさん食べました。
おじいさん、おばあさんにとって、こんな不思議なこんなおかしな、でもちょっと楽しいお昼ご飯は初めてでした。なにしろ相手は猿と桃です。桃がごはんを食べるなんてことがあるはずないと思いながらも、どんどん減っていくごはんを見ていると、自分たちが若くてご飯をたくさん食べていた時代をふと思い出したりして、それはそれで悪い気持ちはしませんでした。
ただ、おじいさんもおばあさんも実は一口もごはんを口に入れず、全部桃太郎と猿に取られてしまったことには全然気が付きませんでした。