友人と話をしていて、つい昭和な話題になってしまった。陽子先生は自他ともに認める映画フリークで雑誌フリーク、要するにインプットすることが大好きなのだ。小説も映画も自分のできないことを架空の世界で叶えてくれる。こんなに素敵な人生体験はない!というのが、陽子先生の人生観。映画の題名、小説の題名。翻訳の妙味。外国の小説の絶妙な翻訳。映画のタイトル付けの面白さ。日本という国、日本語って本当に面白いと、そうだよねーそうだよねーと友人と語り合う。
地上より永遠に(ここより とわ に)と読む。日本に輸入されてくる映画についている絶妙な日本語タイトル。いつも手放しにほめたたえることができた。ところが、ある時から、映画のタイトルに凝ったものが全然なくなってしまった。
イギリスの推理小説作家 アガサクリスティー。彼女の作品も全部、何度も何度も読んだ。クリスティーはそもそも英語のタイトルが絶妙なのだ。さらにそれに、職人技の翻訳者の力が加わる。もう負けた!それが、昭和という時代。上昇気流に乗って、どこまでもどこまでも。そして多分頂上に着いたところが現在だと思う。その現在の20歳代の若者に1980年代のテレビ歌謡番組を見せて、現在とちがう、変だなと思ったところを聞いた。びっくりしました。”男の子の歌手やタレントがスッピンで出てる。というのがあった。”男が化粧するなんて!というのが昭和の常識、と思う。としたら、この化粧当たり前の男子タレントの昭和での立ち位置は?
そういえば、陽子先生はきれいなおにーさんばっかりの電車内で、ぼさぼさの自分の髪の毛とスッピンをずっと恥じています。ふん!