第3章 桃太郎 立派な青年になる
ご飯が終わると、猿はおばあさんの手伝いをしてお皿を洗ったり片付けものをしたりしました。桃太郎はというと、そのままでした。おじいさんはどうしていいかわからずずっと黙ったままでした。しばらくすると、桃の中から声が聞こえてきました。「おじいさん、おじいさん。一緒にイノシシ狩りに行きましょうね。私もイノシシ鍋が食べたいですよ。」「お前は、イノシシを知っているのかい?イノシシは獰猛で猪突猛進といって、すごい勢いで走ってくるぞ。」すると、桃は、「もちろん知っていますよ。私はいのしし鍋が好きですが、イノシシは桃が大好きなんです。タケノコの新芽を食べた後、デザートとして桃を食べるのが最高の贅沢だ!と言っているのを聞いたことがあります。」なんだかよくわからない話を桃は小さな声でぼそぼそとしゃべります。明らかに、食事前より大きくなっていました。いのししでなくてもこんなに大きな美味しそうな桃を見たら食べたくなるにちがいありません。「おじいさん、ちょっとでもだめですよ、私を食べようなんて考えたら。」桃が唐突に言いました。おじいさんはびっくりしました。いえ、先ほどからずっとびっくりしているので、またか、という感じではありましたが。「猿と一緒で私もおじいさんの心の中がわかります。私を食べようなんて考えないでくださいね。私は桃ではなく、桃太郎なんですから。」
そこに、キッチンの片づけを終わったおばあさんと猿が戻ってきました。二人は意気投合していました。「おばあさん、あなたの家事能力は検定1級レベルですね。」と猿が褒めると、おばあさんも「いえいえ、お猿様にはかないませんよ。」と謙遜しました。猿はさらに大きくなっていて、おばあさんとほとんどかわらない大きさに成長していました。「おじいさん、私はなんだか、このお猿様が自分の本当の子供みたいに思えてきましたよ。」おばあさんは嬉しそうにいいました。すると猿も「不思議ですね。私もなんだかおばあさんのお腹の中で育って生まれてきたような気がして仕方がないんです。」と言いました。おばあさんは困ったような顔をして、黙ってしまいました。
突然、「おじいさん、私に人間の着物をください。」と桃太郎が、言いました。おじいさんはおばあさんに頼んで着物と帯を持ってきてもらいました。「お二人とも、少しの間、向こうを向いていてください。私は脱皮します。」と桃の中から声が聞こえます。
おじいさんとおばあさんは、部屋から出ていきました。
猿も一緒についてきました。「いよいよですよ。桃太郎が脱皮します。でも、その現場は誰も見てはいけないのです。私はなんでも知っている、なんでもできる猿ですが、桃太郎の脱皮を見たことはありません。」
おばあさんは女性ですから、好奇心が強いです。猫よりも強い。おばあさんは、猿とおじいさんが話をしている隙に、桃太郎の脱皮をちょっとだけ見ようと、そろそろと動きだしました。でも、すぐに、猿に呼び止められました。「おばあさん、抜け駆けはだめですよ。本当は私だって見たいんです。でも、そうすると、どんな悲惨な結果が待っているか、私にはわかります。」「どんな悲惨な結果ですか?」「おばあさん、あなたは超スピードで歳をとります。明日から川で歌を歌うことも、踊ることもできなくなります。おじいさんも同じです。山にタケノコを取りにいくことも、桃太郎とイノシシ狩りに行くこともできなくなります。」猿の話は超リアルでした。おばあさんはすとんとその場に座り込み、おじいさんは、寝ているふりをしました。30分もがまんしたでしょうか?沈黙の時が過ぎていきました。
「お待たせしました。みなさん。脱皮は成功です!」襖がするすると開いて、、、、、、そこには立派な若者が、寸法の合わない着物を着て立っていました。桃太郎の誕生です。しかし、
立派に成長した桃太郎にはおじいさんの着物はちょっと小さかったようです。立派な若者なのに、なんだか馬鹿みたいに見えました。おばあさんはとっさに心の中でそう思ったことを後悔しましたが、猿も桃太郎もおばあさんの心の中を見逃しませんでした。二人は同時に叫びました。「桃太郎が馬鹿ですって?」「おじいさんもおばあさんも二人そろってひどいじゃないですか!」おばあさんはちょっと安心しました。馬鹿みたいと思ったのは自分だけではなかったのです。
「桃太郎さん、あなたが入っていたあの立派な桃はどうなりましたか?」おじいさんが話をそらすようにいいました。でも、桃太郎も猿も二人が思った「馬鹿みたい」という言葉に拘泥しました。許せないと思ったのです。「私は桃太郎ですよ。馬鹿太郎ではありません。」「そうですよ。桃太郎を馬鹿みたい、なんて許せないですね。信じられない。」「大体、この着物が悪いんです。おじいさんと同じユニクロを私も着たいですよ。」ごはんをたくさん食べて、パワー全開の桃太郎と猿は、おじいさんおばあさんへの恩も忘れて二人を責めました。おじいさん、おばあさんは、疲れてしまいました。もういやになってしまいました。一体なんなのよ、いきなり川の上流から流れてきて、猿と一緒に、勝手に私たちの家にやってきて、親切にたくさんごはんをたべさせてあげたのに、怒り出すなんて。二人の気持ちは桃太郎と猿の心に届きました。 「そうでしたね。おじいさん、おばあさん、ごめんなさい。」桃太郎と猿は謝りました。そこでおばあさんは尋ねました。「桃太郎さん、あなたが入っていたあの大きな桃はどうなりましたか?とても美味しそうな。」「あの桃は桃太郎ですよ。つまり私です。私がここに居る。つまり、桃は無し、です。」 「桃は梨?」
桃太郎はこうして誕生しました。これが本当の桃太郎誕生の物語なのです。