長いことピアノの指導をしてきた私はクラシック音楽が好きである。ことにオーケストラの演奏とオペラは年に数回は聞きに行くほど好きである。
うれしいかな東京は、世界でもまれなクラシック音楽コンサートの宝庫。東京だけでもプロのオーケストラ(日本オーケストラ連盟の正会員)が8つもあるというからすごい。そして、世界中のアーティストが東京に来てくれて、東京にいながらにして超一流の演奏を楽しむことができる。
チケットが高いせいか、あるいはクラシック音楽は敷居が高いと思えるのか、周りの人たちはあまり行きたがらない。でも、音楽好きの私にとってはささやかな贅沢の一つだと思っていて、ミュンヘンに、ミラノに、ニューヨークに行くことを考えたら……もちろんそんな余裕はないが……、本当はとても安上がりに思えるのだ。
長い歴史を持ったクラシック音楽は文句なく素晴らしいと思う。
そして、オペラという西洋の音楽をちゃんと上演できる入れ物(劇場)を国中に持ち、それを運営する能力のある人材を持ち、上演にあたっての演奏者を現地調達できる場所は世界中を見てもそれほどたくさんはないのだ。
日本の高度成長期に、本来は西洋の文化であるクラシック音楽の設備や人材の全てを保有していて、世界中のオペラや演奏者が日本にやってきた。それは私がピアノの指導にあたっていた昭和バブルの時代に黄金期を迎えたのである。
その反動か、最近はコンサートもめっきり減ってしまった。さらにそのコンサートに行くお客さんもそれにもまして減ってしまった。そして、コンサートを楽しむお客さんは老人ばかり。黄金期にお客さんだった人が年取って老人になってしまったのだ。
若い人はクラシックにあまり興味はないかも知れない。第一、チケットが高いからコンサートを楽しむ余裕はない……同じ高いチケットを購入するのなら、当然のこと、自分の好きなポピュラー音楽のアーティストに使う方がいいのだろう。
インバウンドの外国人に「日本はとても素晴らしい国ですよ」と宣伝するとしよう。この“素晴らしい”の中身を安全だとか、交通の便が良いだとか、人々が親切だとか、おもてなしの心だとか、さらには寿司、てんぷら、歌舞伎、京都、富士山、そして着物だとかステレオタイプに考えがちだが、むしろ私は先ほどの、たとえば世界中のオペラを呼べる能力を、“日本的なるもの”と宣伝してほしいと思う。……わざわざ西洋のオペラを極東の日本へ聞きに来る人はいないかも知れないが……世界中のオペラが日本で鑑賞できる素晴らしさは、他国にはない“日本的なるもの”として宣伝できるのでは、などと考えてしまう。
すでに、料理に関していえば、日本は世界中のあらゆる料理を提供できるし、ミッシュランガイドにも認められていることである。そこには、さまざまな外国の文化を貪欲に、かつ器用に取り入れていった日本人のしたたかさと多様性(ダイバーシティ)があるのだ。
ラグビーで世界中の人が日本に集まってくるのだから、オペラも日本へ呼んで「これが日本の文化です」として公演すればいいんじゃないか⁉ ラグビーワールドカップの開催中、身体の大きな外国人の集団を横目で見ながら、私はそんなことを考えていた。